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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)4248号 判決 1965年3月15日

原告 曽和コヱイこと 曽和こえい

右訴訟代理人弁護士 堂下芳一

同 服部明義

被告 寺田昇一郎

被告 森本鍬之輔

右訴訟代理人弁護士 佐藤雄太郎

主文

被告等は原告に対し各自金五〇万円及びこれに対する昭和三七年一〇月二一日(但し、被告森本については同月二五日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は、原告において金一五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告寺田が太陽商会なる商号で、クツション、マットレス、スポンヂ等ゴムの加工業を営み、被告森本がその従業員であること、原告主張の日時頃、被告寺田方においてスポンヂゴム等加工の業務を執行中、その従業員の過失により、営業のため使用中のベンゾールに引火し、原告主張の如くゴム又はゴムの接着剤等に燃え広がり、あわや火事にならんとしたので、被告等が燃焼物を被告寺田方表路上へ投げ出していたこと、原告が被告寺田方表路上において原告主張の如き火傷を負ったことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は右火傷の結果、現在もなお原告主張の如き後遺症を残していることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、右傷害が被告森本の過失に基因するものであるか否かについて考えるのに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告寺田は太陽商会なる商号のもとに、前記の如くゴムの加工等を営んでいたのであるが、昭和三七年三月二九日午前一一時半頃その従業員田中幾雄が電熱器の傍で、椅子用スポンヂの加工、即ち、クツションのカラースポンヂのゴムの糊付け作業をしていたところ、電熱器の熱が右ゴムに引火し、右スポンヂが燃え始めたので、同人はこれに驚き、急ぎこれを出入口に持ち出し、道路上に放り出したのであるが、その際右同様電熱器の傍に置いてあったゴム糊罐にも引火したので、被告森本はこれを持出し、右道路(幅員約一一・八米)に投げすてたこと、一方、原告は所要のため、同人方表路上にいたところ、一軒おいた北側の右太陽商会が火事になろうとするのを発見したのであるが、その向う、即ち太陽商会の北方で原告の弟の子供が遊んでいたので、その危難を未然に防止するためこれを安全な場所に退避させるべく、右原告方前から太陽商会前の道路のほぼ中央附近に斜めに進行したのであるが、その際燃えたゴムの液状のものが原告の顔面、頸部などにかかり、これを払い落そうとした両手にまで燃え広がり、前記の如き火傷を負うに至ったこと、そして、それと時を同じくして原告の傍で空罐の転がる音がしたこと、当時、太陽商会の出入口の南側には軽三輪ミゼット号が、北側には隣家たる森岡紙店の高さ五尺、巾一間半位の包装の紙包みが積重ねてあり、原告以外には右太陽商会前を通るものはなかったことが認められ、右認定に反する≪証拠省略≫及び被告等各本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る確証はない。右認定事実によると、被告森本は火急の災害にあわて、引火したゴム糊の燃えあがった罐を屋外に持ち出したのであるが、その出入口の南側には軽三輪ミゼット号が、北側には隣家の紙製品が積み重ねてあったので、最も安全な場所として、表道路中央附近にこれを投げすてたことが明らかである。かかる危険物を道路上に投げすてるには、延燃の有無のみならず、通行人の有無をも確認してこれに対処しなければならない注意義務があるものというべきであるのに、被告は延燃或は物件の損傷の危険性についてのみ注意が払われ、通行人の有無については格段の注意を払わなかったため、たまたま原告が同所附近を通行してくるのに気付かず、引火したゴム糊の液体の入った罐を右道路中央附近に投げすてたため、その液状のものが原告にかかり前記の如き火傷を負わしめたものというべきである。

そうすると、被告森本は右過失により原告に火傷を負わしめたことによって生じた損害を賠償する義務があるものというべきであり、しかも、右不法行為は被告寺田の業務に関し生じたものと解するに難くないから、被告寺田は民法第七一五条により使用者責任を負うものといわねばならない。

そこで、損害額について考えるのに、被告等は仮に被告等が損害賠償責任を負うとしても、被告にも過失があったのであるから、過失相殺せらるべきであると主張するので、原告の過失の有無について考えるのに、通常火災が発生し、或は発生せんとする場合には、その家内から道路上に、燃焼物その他危険物が投げ出されるのが常であり、しかも被災者は周章狼狽していつ如何なる行動に出るかもしれないのであるから、右火災現場附近を通行せんとするものは、かかる場合に処して特段の注意をなし、特にかかる場合には右附近の通行は現にいましめ、通行しないようにすべきであり、たとえやむをえない火急の用事があったとしても、できる限り火災現場から離れ注意しながら通行すべきであるに拘らず、原告は子供を安全地帯に退避させる意図があったにしても漫然と火災現場の真正面にあたる道路中央部附近を通行せんとしたものであって、原告が前記の如き火傷を負ったのには、原告にも過失の責があるものというべきで、右過失は損害額算定にあたっては当然斟酌せらるべきものである。そして、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は燃え上ったゴム糊の溶液がその頸部にあたったため、顔面、両手等に燃え広がり、附近に転倒し、人の助けにより漸く入院するに至ったものであり、その後七回に亘る手術により、漸く現在の状態にまで治癒したものであることが認められ、原告は右火傷により言語に尽せぬ肉体的、精神的苦痛を蒙り、煩悶の日夜を送っていることが明らかである。右原告の蒙った肉体的、精神的苦痛と前記認定の被告森本の過失、原告の過失の内容程度、その他本件にあらわれた諸般の事情を合せ考えると、原告が蒙った肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料額は少くとも金五〇万円を以て相当と考える。

そうすると、被告等は原告に対し各自金五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明白な被告寺田については昭和三七年一〇月二一日、被告森本については同月二五日以降右完済に至るまで民法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

よって、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里)

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